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英国医学研究留学記

空の色に染まる

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GRD2 ISO80 f5.6 1/400s
ここのところ暗くて湿っぽい英国らしい天気が続いていますが、今日は夕方から気持ちの良い青空が広がってきました。天気予報によると、週末はなかなか良い天気が期待できそうです。
今日のネタは、英国と比べると、日本の医療の仕組みは如何に「患者さんに取って便利で恵まれた仕組みになっているか」と言うお話。

ひつつめは、1週間ほど前にBBCで報道されていた、英国で「癌」の診断にどれくらい時間がかかるのかに関わるニュースです。
NHS cancer diagnosis waiting times down, figures show
National Health Service (NHS)では、2000年当時は、大腸癌と診断するのに平均96日(なんと3ヶ月ですぜ)かかっていたのが、ここ最近の平均日数が75日(それでも2ヶ月強ですぜ!)に短縮されたとのこと。2005年度から導入されている癌診断のためのNHSの戦略の成果だと、(僕にはやや誇らしげに聞こえる形で)報道されていました。日本でのデータを知りませんが(そもそも日本でそんな統計取っているのかどうかさえ知りませんが)、常識的に考えて日本でなら1ヶ月から1ヶ月半も有れば癌かどうかどころか病理診断まで白黒付いてしまうんじゃないかなと思うのですが、いかがなものでしょうか。ちなみに、乳癌、肺癌、胃癌などはあまり大きな改善はなかったそうです。結局、ここでの大きな問題の一つには、次に紹介するように、専門の医師と会うのがこの国の仕組みではとても時間がかかって難しいことに有るのだと思います。

次の紹介するニュースは本日の朝のBBC Breakfastで報道されていたネタです。
NHS: Crackdown on 'hidden waiting' ordered by ministers
Englandの病院で(プライベート診療ではない)NHSベースの診療で、緊急性のない患者さんが病院で医師の診察を受けるための待ち時間は18週未満にすべしとのお達しが出ているのですが、実際には18週以上待たないと診てもらえない患者さんは推定で25万人!!は居るのではないかとのことです。NHSは、来年の4月までにこの数を5万人まで下げるように努力するそうです。
英国のNHSベースの診療は、全て無料です。ただしいろいろと制約が有って、まずはGP(診療所の家庭医。プライベート診療ではなくてNHSの診療を受け持つならば、国家公務員みたいなものですね。日本の開業医のような診療所を国が経営しているようなイメージを持ってもらうのが一番近いです)に診察を受け、GPが病院受診(つまり病院に勤務する専門医による診療)が必要と判断された場合に限り、病院(日本で云う所の入院施設のある市民病院などを含む総合病院)を紹介してもらって、初めて病院受診が可能になります。ここでの待ち時間とは、GPから診療の依頼があってから実際に患者さんが病院を受診するまでにかかった時間をさします。ちなみに、GPは投薬はしてくれますが、採血などの検査はGPではしませんし、日本の開業医のように診療所で点滴もしません。検査が必要な場合はGPが出してくれた検査箋を持って自分で最寄りの病院の検査部門に電話をかけて採決の予約をとり(だいたい数日から1週間くらい先でないと予約が入りません)、指定の時間にそこへ行って採血してもらいます(結果はGPへ送られるという訳です)。点滴は、入院施設のある病院ですべき処置との認識なのだそうです。

日本だと、初診の場合は、開業医さんなどが書いてくれた紹介状がある場合はそれを持って、患者さんが自分の都合の良い好きな時に(紹介状なんか無くても)アポなしで病院に行けば良いのですが、こちらではそうは問屋が卸しません。(GPの診療に至るまで)全てが予約診療なので、病院から「何月何日の何時にXX先生の外来に予約が入りましたので来てください」とのレターがないと、診察してもらえません。いかがでしょう?病院の勤務医の外来に行くために、約3週間(18日)待たないと行けないのです。日本じゃ良く「3時間待ちの3分診療」と揶揄されますが、この英国での実体に実際に直面すると、「良いじゃないですか。3時間でも4時間でも待てば、診療を受けたいと思ったその日にお医者さんの前に出れて、診察などを含む診療を受けられるんでしょ」と思うようになってしまいます。ここでの違いの根本は、仕組みが「患者さん本意が前提か」「医療サイド側の都合が前提か」でしょう。英国では完全に医療サイド側の都合で回っています。

こうして考えると、日本の医療の仕組みは(受けられるサービスのレベルが最高かどうかは問題にしなければ)とても患者さんに取ってありがたい形に出来ていることが分かります。おそらく、この仕組みは日本が世界に誇っても良い仕組みではないかとさえ思います。ただ、問題は、基本的には医師や看護師を含む「奉仕の精神」で成り立っているため、医療従事者達が欧米風に「医師や看護師の労働環境を守る」観点から割り切って行動したら成り立たなくなる事です。外科、特殊救急、産科、小児科などの危機が叫ばれて久しいですが、付け焼き刃で医学部の定員を増やしても医師の数が増えてくるのは10年はかかりますから、いろいろと今手を打たないと、今の「最高な」仕組みが将来は機能できなくなるかもしれません。

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  1. 2011/11/17(木) 17:15:05|
  2. GRD2
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コメント

わたし待つわ

こんにちは。

私がNHSで働いていたのは1988年から1992年ですが、その当時CABGの待ち時間が安定狭心症に至っては1年近くになることもありました。いざ手術日が決まり患者の自宅に電話をすると、患者は既に他界していた、などと言うこともありました。

各国の医療制度を考察する本を読んだことがありますが、その本のなかでも「日本の医療は従事者をサクリファイスすることで安く成り立っている」と断言してありました。

難しい問題ですね。完璧な制度は存在しえないでしょうから、どのヘンで最大許容値を得るか、ということなのでしょうね。
  1. 2011/11/18(金) 16:46:59 |
  2. URL |
  3. surgeon24hrss #xJW3mR9c
  4. [ 編集]

Re: わたし待つわ

surgeon24hrssさん
先生、電話したら亡くなっていたなんて(涙)。それを考えたら、今はだいぶ良くなったというべきなんでしょうね。
確かに難しい問題だと思いますが、病院や科によっては週の労働時間が、80時間とか90時間に及ぶような勤務をしないと回らないというのは、やはり行き過ぎな気がします。初期訓練の時は「修行中」という意味合いも有りますし、早く上達したいという向上心から苦にならなりませんでしたが、40歳を超えた今やれと云われると、厳しいものがあります。
落としどころが難しいですね。患者目線の今の仕組みを基本に、もう少し医療従事者にも配慮した仕組みに成ると良いのですけど、今は「開業医にだけ」配慮された仕組みになっているとしか思えません。
  1. 2011/11/18(金) 22:54:17 |
  2. URL |
  3. Dr Ken #-
  4. [ 編集]

素敵なブルーですね。水たまりの空って、不思議にすごく魅かれます。
仰ぎ見なければいけない空を、うつむいて見る非日常体験だからでしょうか。
GRD2、私も変わらず、良く使ってます。なんとも、良く写りますよね。

友人の産業医も、日本の医療について同じようなことを危惧してます。
さらに、イレッサ訴訟のように日本でも医療訴訟が急増しており、医師は四面楚歌だとも。
TPPなどで良くも悪くも日本のグローバル化がこれまで以上に進むと思われ、
こと医療に関しては、悪化しそうで大いに不安を覚えます…
  1. 2011/11/19(土) 11:55:39 |
  2. URL |
  3. kk #1jhbtX.k
  4. [ 編集]

こんばんわ~

これは超傑作写真ではないでしょうかe-287
直接見る空ともただの池ともちがう青v-348
色の変化や構図も素晴らしいです~v-413
  1. 2011/11/19(土) 12:08:24 |
  2. URL |
  3. yo #vYXebdWU
  4. [ 編集]

空のブルーが映りこんで不思議な雰囲気、でも素敵ですね~。

英国ってそうなんですね。いっぱい待つんだ・・・

今日本はTPP問題を抱えていますが、もし日本も入ると医療も関係してくると言ってました。
アメリカの医療が入ってきて、自由診療が増えて医療を受ける側に格差が広がるかもと。
国保、社保とも破綻してきているのでどうなるんだろうと心配です。
  1. 2011/11/20(日) 11:00:32 |
  2. URL |
  3. kaotti1 #Oob10Koc
  4. [ 編集]

kkさん

ありがとうございます。

TPPについては大前健一氏が記事を書いているのがネット上に有って、かなり説得力が有ると見ました。
http://www.nikkeibp.co.jp/welcome/welcome.html?http%3A%2F%2Fwww.nikkeibp.co.jp%2Farticle%2Fcolumn%2F20111107%2F289750%2F%3FST%3Dbusiness
こと医療に関しては、海外に住んでみると日本の医療産業は「日本語の壁で守られている鎖国状態」ですから、医師や看護士の仕事がグローバル化するというマスコミが居たら、あまりに現実を誤認していて「あほう」と思います。海外資本は入って来れても、医療従事者は日本語が話せる者しか従事で来ませんから、海外から入って切れる人は語気一部でしょう。病院経営などのビジネスとしては入って来れるかも知れませんが、それならサービスは良くなるんじゃないでしょうか?いずれにせよ程度の悪い外国人医師が増えるのではという心配だけはナンセンスだと思います。TPPの是非については良くわかりませんけど、事の経緯を見る限りにおいては、「国民に何がメリットとデメリットで、国際情勢をにらんだ上で、どういう戦略上参加しないと行けないのか?」が全く見えてこないのが問題でしょうね。
  1. 2011/11/20(日) 11:16:53 |
  2. URL |
  3. Dr Ken #-
  4. [ 編集]

Re: こんばんわ~

yoさん
ありがとうございます。こちらも、パリ編、楽しませてもらってます!
写真の取ると何気ない水たまりやきちゃなく見える沼なんかも、びっくりするようなきれいな一面を見せたりしますね。だから写真は面白いです。
  1. 2011/11/20(日) 11:18:17 |
  2. URL |
  3. Dr Ken #-
  4. [ 編集]

kaotti1さん

お仕事、忙しそうですね。風邪など引かないようご自愛くださいね。
英国の医療、専門施設のレベルは良いのだと思いますが、本当に欠点は「何もかもが待たされる」ことです。surgeon24hrssさんがコメントに書かれておられましたが、入院が決まって患者さんに連絡を取ったら既に亡くなられていたなんて、シャレになりませんよね。でも、現実にこの国の仕組みならば大いにあり得ます。僕が感じている事は、今日本で暮らしている人たちが、今受けている医療サービスが至極当たり前でそれが標準と思っていますが、世界中どこを見渡してもそんな恵まれた国はどこにも有りません。その恵まれた環境も、医師や看護士が奉仕の精神青発揮しているからこそ成り立っているのであって、肉体的/精神的負担の多い分野では持たなくなりつつ有る事をもっと危機意識を持ってみないとまずいということです。

医療に対するTPPは、心配ないのではないでしょうか。日本語でちゃんとコミュニケーションのとれる医師しか事実上仕事はできませんから。医療に関しては、日本は日本語の壁で守られてしまっているので、「開国」しても「事実上は鎖国」でしょう。海外資本の経営する民間病院のチェーンなんかは出現するかもし得ませんけど、中で仕事する人材は、ほとんどが日本人に成らざるを得ないと思います。自由診療については、患者さんが選べる訳ですが、確かに米国型の医療形態に完全に成ると、「どの保険に加入しているか」で治療できる範囲が決まってしまうので患者さんに取っては不利益が生じるかも知れませんが、完全にそうなってしまう事は無いのじゃないかと思っています。公的病院(村立/町立/市立/県立/国立病院と厚生年金などの半官半民病院)は従来の保険診療は立場上止められないでしょうから、結局はどちらかを患者サイドが選ぶことになっても、あまり今の仕組みから現実問題として大きくは変わらないのじゃないかと僕は予想しています。
  1. 2011/11/20(日) 11:34:35 |
  2. URL |
  3. Dr Ken #-
  4. [ 編集]

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Dr Ken

Author:Dr Ken
元小児科医。ある日より、医師としてのキャリアではなく、研究者としてのキャリア・パスを志す。2007年の8月よりロンドンにある某大学医学部に講師として赴任。なかなか上達しない英語が、少し歯がゆい。万年筆と銀塩フィルムカメラが好き。縁があってやって来たこの国での貴重な体験や日々感じた事を、写真と一緒に記事にしています。

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