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相も変わらず、気持ちの余裕の無い状況が続いています。自分の気持ちの持ちよう次第なのは解っているんですが、何ともなりません。
ようやく、僕が獲得した研究費で雇う記念すべきDr Ken研ポスドク第1号が10月1日から加わってくれました。実験を始めるに当たり、安全のためのガイダンスや健康診断などをクリアしてもらわないと行けなくて、まだほとんどが僕の実験を見学したもらいながら、自分が行って行くプロジェクトの背景の勉強に専念してもらっています。分子生物学的な実験はほとんど面倒を見なくてもひとりで出来るのかと思っていましたが、実際はこの数年間はES細胞やiPS細胞を用いて分化させたり、組織学的な解析ばかりして来て、遺伝子のクローニング等は此処数年した事が無い(もちろん大学院生時代には経験があるそうですが)ので、ちょっと自信が無いと云い始めたので、本人のためにも僕のためにも、ゼロからのつもりで教えることにしました。ちょっと当てが外れましたが、キャラは良さそうなので、何も出来ないのに性格も悪いのよりはずっとましと思うことにしました。むしろ、僕からゼロから吸収しようと云う方が、1年後には扱いやすいかもしれません。これで、師匠のH教授直伝の分子生物学的な実験手法の継承者(オーバーですかね?)が此処ロンドンで登場することになります。と云う訳で、さらにプロジェクトの進行がスピードダウンしています。思えば、師匠H教授は、良く怒られもしましたが、自らの実験の合間にド素人だった僕に辛抱強く良く教えてくれたモノだなあと今になって思います。僕は自分の手を止めて教えるとちょっと(短気な性格もあって)イライラしてしまいます。
もう一人のポスドクは、日本から比較的親しくさせていただいている某一流ラボの女の子が来てくれることになりました。いま、英国での就労ビザを取得するための手続き中で、無事に済めば、12月1日から加わってくれる予定です。2013年度は、年明けから本格的に論文作成に向けフル・スロットルと行きたいところです。
2週間前から、とうとう今年の僕の担当のPBLが始まり、週に2回、午前中に医学部の学生さんを相手にしています。僕自身が臨床の経験があるので、出来るだけ臨床的視点からどういう事が重要な概念や考え方で、最低限覚えておかないと行けない事は何かに力点を置くようにいつもしています。今年の担当する学生さんたちは皆とても熱心で、質問も良くしますし、扱いやすくて助かっています。学生に感想を聞いてみましたが、例えば、フィードバック・セッションで心筋梗塞の診断と治療を学習するにあたり、「さあ、君の目の前に胸痛を訴える患者さんが来ました。顔色は悪く、冷や汗をかき、脈は速くて呼吸音では湿性ラ音を聴取します。まず何をしますか?」といった問いかけをしながら皆で確認作業をするやり方は、まずまず、好意的に受け入れてくれているようです。僕の英会話の練習としてももってこいなのですが、週2回もかなりの時間を取られてしまうこれが本業を遅らせているもう一つの大きな理由です。
つい先日、世界最古かつ欧州最大級の小児病院であるGreat Ormond Street Hospital for Sick Childrenに併設されているUCLの研究所、Institute of Child Healthに招待されて、セミナーをして来ました。僕が今所属する研究所には、発生生物学的な研究をしているのは僕一人だけで、幹細胞を研究している人もほんの1〜2人と云う状況で、ずっと研究面では孤独感を味わって来ていますがInstitute of Child Healthは多くの発生生物学および幹細胞の研究者が所属し、かつ、旧知の教授達も何人かいるので、それで誘ってもらえたのでした。セミナー後、その旧知の方々とお昼ご飯を食べに行って、見に行ったオリンピックの話や、最近興味を持っている学問上の話題などの話が弾み、楽しく過ごせました。こういう、近しい分野の方々からの刺激がたまに無いと、自分が腐ってしまいそうです。それを考えると、先々は今居る研究所から僕がもっと楽しく仕事ができそうな施設へ移籍する事をぼちぼち考え始めないと行けないのかもしれません。Oxfordにいる友達(教授です、偉いなぁ)からも、そのうちセミナーへ呼んでやるよと云ってもらっているので、楽しみにしています。Oxfordは車でCotswoldsへ観光に行く時に通り過ぎただけでしたから。
日本では、ノーベル賞騒ぎが覚めやらぬのに、バッタもんの嘘に翻弄されていて、一流科学誌Natureにまで取り上げられてしまいました。これは、はっきり言って、海外に恥をさらしたなと思います。嘘をついた本人ももちろん悪いのですが、もっとも責任が重いのは「iPS細胞と云うキーワードが入っているだけで、中身の医学的・生物学的重要度や、確からしさなどの検証を自らする事も無く垂れ流して来た」日本のマスメディアの科学に対する極端なリテラシーの低さに起因すると思います。日本の悪しき面が、もろに出ていると云っても良いでしょう。これを良い教訓として、マスメディアには、科学を理解できる能力を持った理系出身の記者を是非に育てていただいて、「本当に科学的・文化的価値のある研究内容」を「正しく、かつわかりやすい言葉で」国民に広めて行く役割を果たして欲しいと切に願います。
この騒動は、一方で、研究費の配分にもにたような傾向が生まれやすい日本の悪しき局面が反映していると思いました。ノーベル賞を背景に、「iPS細胞」というキーワードさえ入っていれば、研究提案の中身の意義や重要度には関係なくファンドされてしまうかもしれないと云う懸念(つまりiPSは研究費をとりやすく、他の分野は資金を減らされて資金難に喘ぐ事態になる)は、iPS細胞を使わずに研究している研究者達の間に根強いのです。ちなみに、僕は海外に居るので全くそのような懸念とは無縁ですので、僕には利害関係がない事を念のため申し添えておきます。ポストiPS細胞とも言える未来の日本発のノーベル賞を期待するならば、iPS細胞だけに極端に集中して研究費が集まるのではなく、広い分野にまたがって「重要な研究(これは医学的重要度の事を意味しているのでは有りません。科学的知識としての文化的/科学的価値観において重要と云う事です)」にはきちんとファンドされる公平な仕組みが構築される事は、日本が生き残るためには急務でしょう。surgeon24hrsさんが前回の記事のコメントで書いてくださった通り、「山中さんがSFから帰国した当時、お金がなくて苦労した話」がどこにも問題視されずにマスコミに「美談」にされて終わってしまっています。ノーベル賞級の成果に結びついた研究の端緒が、じつは資金難に喘いでいた事実を直視しないと行けません。現在の日本の科学界の問題は、「科学者の地位が欧米に比しとても低い(給与も安い。米国は高給取りです)」、「特定の分野への極端な資金の偏り「若手と中堅が資金難に喘ぎ、過去の業績を基に資金はベテランに集中しやすい」などでしょうか。ベテランにお金をやるなと云っているのではなくて、資金の配分は、やはり過去の業績等に左右されずに「中身」、つまり「今何をやっているのか」で公平に分配されて欲しい、そう願っています。
一方で、研究者は国際的な競争力にさらされないと、日本のレベル(科学をベースにした国力)は上がらないでしょう。前の記事にも書いた通り、日本の科学は日本語の壁によって鎖国に近い状況なのです。科学者達も甘えずに(僕も含めて)がんばらないと行けません。
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2012/10/19(金) 16:09:10 |
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久々の更新です。
もう、日本ではお祭りのような騒ぎになっていると思いますが、本年度のノーベル医学生理学賞は、京都大学の山中伸弥先生と、University of CambridgeのSir John Gurdon先生のお二人に決まりました。おめでとうございます!
いずれ取るとは思っていましたが、もっと時間がかかるのではと思っていましたので、素直に嬉しく思います。おそらく、Gurdon先生がお年なので、ノーベル財団はそれも考慮されたのかな、と、邪推してしまいました(笑)。何にせよ、日本人として、英国在住者として、誇りに思います。
昨日の僕の「放置状態の」ブログに150件を越えるアクセスがあり、何かの間違いかと思ったのですが、じつは2009年の9月に、その年のラスカー賞(Gurdon先生と山中さん)について書いたコメントへのアクセスでした(記事
「ラスカー賞」 参照。受賞の報で検索をかけた人が訪れたのでしょう。
自慢するようで恐縮なのですが、実は山中さんとは(馴れ馴れしくできるほど近しい訳ではありませんが)有名になられる前からちょっとだけ面識があります。最後にお会いしたのは渡英する直前の分子生物学会でしょうか(6年前?)。ニューヨークであった学会のあと、古巣の研究室の大学院生(今は師匠H教授研の助教)と山中さんと、東京工大の石野先生のところの大学院生の子と4人で、ニューヨーク観光に行ったこともあります。実家を家捜しすると、その時一緒に撮った写真なんかも出て来るはずです。向こうは雲の上の人みたいになってしまいましたが、学会などで気さくに科学の話やしよーも無いプライベートな話に乗ってくださったり、一時期留学に付いて悩んでいましたので、留学について気軽に相談に乗ってアドバイスを下さったりしました。そういう方がノーベル賞を取られてしまったので、なんだか妙な気持ちです。向こうはさらに忙しくなられるのだと思いますが、とても気さくなお人柄の方なので、学会などで顔を合わせればきっと一昔前と同じように接してくださるかな.....?。逆に、もう今後は芸能人並みのセレブの扱いをマスコミからされるでしょうから、そういう境遇は(ノーベル賞はすごいのですが)ちょっとかわいそうかなとも思います。出来れば、研究活動に専念できるように(未だお若いですから)皆さんが山中さんをそっとしておいてあげたらなと、余計なおせっかいな事を考えてしまいました。
さて、以下に書くことは、お祝いムードに水をかけるような事をかもしれません。非国民扱いされるかもしれませんが、少しだけ言いたい事を書きます。
まず、マスコミがiPS細胞の臨床応用への可能性が高く評価され、それがノーベル賞を取った根拠だと書いている記事を散見しますが、それは大きな間違いです。ノーベル賞受賞となった対象は、正しく言うと「成熟分化した細胞も初期化して全能性(つまり個体のあらゆる細胞へと分化できる状態)を持たせうる事実の発見」です。そうでないと、Gurdon博士が1960年代に行った、カエルの分化した細胞の核を未受精卵へ移植しクローンのカエルを出現させる事が出来ると云う世界で初めての発見も受賞対象になっている事があやふやになり、理解できなくなってしまうからです。このGurdon先生の発見は、(1)分化しきった(本来はもう多分化能は持つことが出来ないと考えられていた)細胞も、初期化できることと、(2)未受精卵の細胞質に、初期化を行える「因子」が存在する、という非常に重要な科学的問題点を提起してくれていた訳です。山中さんのすごいところは、その「細胞質にあるはずの因子とは何か」という疑問に対し、粘り強く信念を持って追求しきった事で、その結果生まれたのがiPS細胞と言う訳です。ですから、臨床への期待ももちろんあるのですが、「純粋科学的に大変に重要な知見を明らかにした」科学的かつ文化的価値観がまずは根底にあることを、僕は強調したいなと思います。
もう一つ。マスコミはiPS細胞を使って、あたかも再生医療はすぐ目の前にあるかのような記事を書いているように僕には見えます。僕自身の研究も、iPS細胞は使っていませんが、将来、再生医療へつながるインフラになるはずと信じている研究を行っていますが(つまりかなり近い研究領域に居ます)、その目線から見て、臨床に使えるようにするために越えなければ行けない問題はまだまだ山積みで、非常に悲観的な見方をすると、僕の生きているうちに応用へはたどり着けない可能性もあり、もっと極端に言うと、臨床応用すら実現できないかもしれない可能性だって未だあるのです。僕自身、使えるようになるはずと楽観主義であるにも関わらず、残念ながら臨床への応用は、今未だ非常に遠い位置にある、と言わざるを得ないのが現状なのです。夢を見るのは大切ですし、特に研究者は皆夢を追いかけている人たちと云えますが、正しく情報が伝わる事も大切と思います。ES細胞が出来て既に約30年経ちます。ESで出来る事はiPSでも出来るはずです。倫理的側面を考慮せず、それではES細胞を再生医療に臨床に使えるかと云うと、ES細胞の樹立から30年経った現状で全く無理である事実を認識しないと行けません。ですから、臨床応用にブレーキがかかるのを心配するどころか、まだまだ、ベッドサイドへ持って行けるかどうかすら判らない。お祝いムードに水を差すネガティブな意見に見えるかも知れませんが、これが現状です。で、何が云いたいかと云うと、なかなか臨床への応用が見えなかった場合、マスコミや世間が今度は山中さんのバッシングに走り始めるとしたら、これは有ってはならない事と思います。研究なんて、計算した通りになんて、事は運ばないのが普通ですし、臨床へのiPS細胞の応用は、未だに多くの困難を克服しないと行けないところに居るのですから。
ただ、臨床への道のりが未だ遠いからと云って歩みを止めてしまっては行けません。実際に、僕はiPS細胞を研究には使っていませんが、僕がしている研究は、iPSなどを使って再生医療を行うにあたって基盤になる知識になると信じて研究を展開しています。僕たちが生きている間に実現するか判らないけど、脈々と知識を積み上げ努力が次世代へと継続されることに寄って、今不可能な事が可能になる時が来ると、僕は信じて研究を展開しています。我々の世代で目に見える成果が見えなくても、歩みを止めない限り、何世代かのうちには実現するはずと思います。
もう一つ危惧するのが、日本に置ける研究環境です。山中さんのラボからiPS細胞、純粋に日本で行われた日本発の研究で、世界はあっと驚きました。しかし、その後、欧米の追随は凄まじく、1年間に一流科学誌に掲載されるiPS細胞関連の論文数は、今現在は欧米のモノが日本を圧倒しています。どうしてそうなっているのか、山中さん発の研究を日本国内で伸ばそうと思うならば、検証しないと行けません。単純に考えるとすぐに「研究費」へ行き着きますが、僕自身の意見では研究費が欧米と比し足りないからと云うことが一番大きく影響している原因だと言う意見には「No」です。欧米よりも少ないかもしれませんが、日本国内の生命科学分野の研究費は、かなりの部分がiPS関連の研究に回り、海外から見ると他の分野の発展を阻害するのではと心配になるくらい集中しています。むしろ、ここでは日本に於ける研究環境を問題視したいです。
まずは、制度。山中さんが「京大に行けばヒトのES細胞を使えると思っていたが、全然使えない」と何年か前におっしゃっていましたが、なぜ使えなかったかと云うと、制度の整備にものすごく時間がかかっていたことが大きかったと思います。海外でもヒトES細胞の利用は法で規制はされていますが、ルールに従えば誰でも使えます。事実、僕が居る研究所の周辺でも研究に使っているヒトがごろごろ居ますが、日本では未だにゴロゴロとは居ないでしょう。倫理的側面や安全性などをクリアするために制度を整備する事は大事なのですが、日本はこの手続きに時間がかかりすぎると思います。一方で、実際に臨床応用をヒトの病気で試そうとなった場合、米国にはそういう「実験的医療しか行わない政府機関の病院」があり、不治の病に対し可能性のある治療方法の提案をする医師、それを受けたいと云う患者さん、そしてその治療の倫理的側面等を承認する第三者機関、こういった間に合意が得られれば事が進みます。日本ではどうでしょう?さすがにこれだけ国民に人気のあるiPS細胞を用いた治験に真っ向から反対意見を述べるヒトも少ないかもしれませんが、一般的に日本では「実験的医療=生体実験」とバッシングされる危険性を常にはらんでると思うのです。これを解決するのは政治ではないでしょうか。制度を整備するための従来の仕組みを変え、スムーズに進められるようにする事は急務と思います。
もう一つは、人的資源の流動性です。ブログでこの話題は何回も取り上げましたが、日本の高等教育機関(つまりは大学)は教育と事務処理を日本語で行っているため、事実上外国人には門戸を開いておりません。つまり、欧米のアカデミアと違い、スタッフは国際的競争に全くさらされていないに等しい訳です。山中さんのラボはコンスタントに良い仕事をして来ていますし、側に居る斉藤さんも先週サイエンスに論文を出しましたが、前述の通り、この分野の論文の数は欧米に今や圧倒されつつありますし、日本はたった一つの国の研究者達で、欧米の研究者連合と戦争をしているのと同じ状況である事を、国民も広く認識すべきかなと思います。欧米の研究者は、ポジションがお互いにとても流動的なのです。つまり、ついこの間英国に居た研究者が、ふと気づくと米国に居る。その逆も然り。より良い研究環境を求め、絶えずヒトが動いているのです。日本にそのような国際的な流動性はほぼ皆無です。日本人は欧米人や他のアジアの人種よりも器用で優秀なんだと云うような意見を耳にしたこともありますが、それはもはや根性論で行き着くとナチスのような日本民族至上主義的な危険な思想を想起します。客観的に見て、より多くの人材の中から選ぶことが出来る方が、より良い人材を確保できる可能性が高い事は、自明でしょう。ですから、優秀な欧米やアジアの人材を取り込めば層も厚くなり、日本で行われた研究の成果で海外と5分にやって行けた可能性も高かったのかも知れません。もちろん、外人が成果を出しても、その場合は研究費は日本のお金ですから、成果(パテント)は日本が優先なのはもちろんです。
日本の今後の研究環境が欧米に於ける環境にどれだけ匹敵するモノに整備して行けるか、研究予算なんかよりもずっと大きく今後日本がこの分野でイニシアティブを維持し続けることが出来るかどうかに影響する気がしてなりません。
最後に、上記はあくまで私的な僕の独りよがりな意見ですので、これが普遍的なものだと言うつもりはありません。反論のある方も多くいらっしゃると思いますが、建設的ではないと思われる反論に関しては、削除させていただきますので、最初にお断りしておきます。
テーマ:雑記 - ジャンル:日記
2012/10/09(火) 18:05:28 |
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