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英国医学研究留学記

ひとまず、申請終了。

R0018858.jpg
GRD2 ISO400 f9.0 1/2000s Kunsthistorisches Museum, Vienna, Austria
本日無事に、もう一件のMRCへの研究費の申請が終わりました。正直、しんどかったですが、写真のようにちょっと晴れ晴れとした気分です(笑)。今後の予定としては、先月にBritish Heart Foundationへ提出した研究提案を、念のためにBBSRC用に書き直して申請するつもりなのですが、こちらは研究提案の骨子はもう固まっていますし、締め切りまで2ヶ月有るので、少し時間的猶予があるので心にゆとりができました。同じ内容を複数の学術会議(Council)へは提出できないので、念を入れるとしたら今日提出したものをBHF用に書き直すのもありですが、間接経費などが付くことを考えると学術会議からの予算を獲得する方が断然に中身が良いので、しばらくこれに付いては思案しようと思います。足踏みしていた実際の研究の方を再び加速させねばなりません。

備忘録。この忙しい合間に、先週の金曜日に○阪大学小児科名誉教授のO先生がロンドンへ遊びに来られました。夕方にHeathrow空港まで車でお迎えに行き、ホテルまでお送りしました。O先生は僕が医学部の学生時代および入局した当時の小児科の教授であられ、僕の恩師です。Tay-Sachs病という病気の原因を突き止め、新生児マス・スクリーニングの方法を開発したという大変に立派な業績の持ち主でもあります。O先生はロンドンに留学に来られていた(1969年の事だそうです)ので土地勘が有り、基本的には観光案内などは不要なのですが、Readingに恩師のKings Collegeの名誉教授であられるR先生が住んでおられ、その先生を訪問するために日曜日に僕の車を出して、O先生ご夫婦とともにReadingまで半日ドライヴをしました。R先生は80を越えられるご高齢ですが、ちょっと足が不自由になっておられるもののしゃんとしていて、科学者らしく理路整然ときれいな英語を話される、知的な方でした。R先生に、家の周辺の風光明媚な場所をご案内いただき、皆で美味しいパブで昼食を頂きました。
昨日は午前中にO先生に研究室に来ていただいてラボをご案内し、昼食をご一緒しました。今日からパリにご旅行へ出かけられ、その後ご帰国との事で、無事な道中をお祈りしたいと思います。

いい機会なので、簡単に僕がどうして今のような仕事に従事するようになったのか、いきさつのお話を書きたいと思います。僕は元々小児科医だったのですが、病院で仕事をしていた時分には、一般小児科以外に未熟児・新生児の医療(NICU)の仕事や、先天性心疾患(つまり心臓の奇形)の患者さんのケアに携わる事が多かったので、自然と「どうして正しい臓器や器官の形が形作られるのか?」といういわゆる発生生物学に興味を持ちました。そこで、当時の小児科O教授に相当無理(今思えば生意気)な事をさんざん言って小児科を飛び出し(なぜなら、当時の小児科学教室で、そんな事をやっている方や方法論に通じた諸先輩は一人もいなかったので)、当時○阪大学に来られたばかりでまさに研究室を立ち上げているところで有ったH教授(その筋では超有名)主催の基礎医学の研究室の門を叩くことになりました。H教授の研究室では、特定の狭い分野(例えば心臓の発生にのみ興味があると云ったような)にとらわれる事無く、「生命活動や形態形成に普遍的な原理とは何か?」という姿勢に常に研究が貫かれていて、とても勉強になりました。臨床の教室で研究を行っていたならば、僕は凡庸なのでそのような広い視野には気づけなかったでしょう。また、その経験が、まさかの「医師よりも研究者を志す」という方針転換になるとは、当初は考えもしませんでした。ただ、臨床に戻るか、サイエンスの世界に生きるかの選択をする際には、とても葛藤しました。いまでも臨床は大好きですし、患者さんに取って良き医師でありたかったなと云う欲はもちろん有ります。何より、自分が一所懸命やって喜んでもらえるのは、やりがいが有りますからね。ただし、研究も臨床も、両方とも一流と言うのは、基本的には難しい。出来るとしたら一部の天才だけでしょうね。僕には無理と思いました。

今の研究は、そうはいっても立場も有って、狭い研究領域に特化しています(笑)。一応、標榜している研究目標は、心筋(心臓の筋肉)が胎児の中で受精卵から始まってどのように出来上がるのかをきちんと分子生物学的視点から理解することです。この理解が、先々、心筋梗塞などで心不全に陥った患者さんの心臓を再生し治療する方法論の開発の鍵になると信じています。申請している研究費は、すべてこれにまつわる研究提案です。小児科医的視点からすると心臓の形作り(心奇形)に関わる研究もしたいのですが、人手とお金とスペースが未だ足りないのと、今のポジションの立場上すぐには難しく、ぼちぼちと機が熟すれば始めたいと考えてはいます。一見すると狭い研究領域に目標を設定してはいますが、ここにも必ず生命活動に取って普遍的な仕組みが背後に潜んでいるはずです。仕事を進める上で、そのような「真理」をえぐり出す事こそ、H教授に薫陶を受けた僕たちの取るべき態度であり、そこがまた科学の醍醐味と思っています。

一見して病気の名前の出てこない研究など意味が無い、などと良く(特に若いお医者さんなどに)云われます。そういう人は、多分、イースト菌などを使った研究など、遊びと思うのでしょう。でも、それはとても偏狭で間違った視点と思います。なぜならば、生命に取って重要なメカニズムは動物種を越えて保存されているものが多く、しかも、その機構に不具合が生じれば必ず病気になるからです。研究にショウジョウバエを使おうが、生命の本質に迫ろうとする研究全てには、極論すると病気が背後に隠れていて、その病気の本質(本質が理解できれば、根本的な治療への道が開けるはずというのが西洋医学の基本態度です)に迫ろうと努力している事と同じなのですね。

臨床と違い、研究者は少し貧乏です(明日をも心配しないといけないほどでは有りませんけど、笑)。でも、じゃあ何で病院の一線で活躍する医師である事を置いてしまってまで研究の世界に魅力を感じるかというと、一つは「真理の探究」という知的欲求をとても充足してくれるからです。答えを見いだした際の興奮を味わってしまうと、もう抜け出せなくなります。また、研究の世界には国境は有りませんし、良い仕事をすれば教科書に出ている著名な先生とも対等に話が出来ます。こういうグローバルな世界を知ってしまうと、もう辞められなくなるんですね。

明日からは、毎日更新とは行きませんが、ウィーン旅行の記事を始めたいなと思います。今日の写真は、ウィーンの美術史美術館の一角です。

テーマ:雑記 - ジャンル:日記

  1. 2011/08/31(水) 12:05:31|
  2. 研究
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:10
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コメント

お疲れさまです。

拝読して、Dr Kenさんの志をかいま見させていただきました。
「こういうグローバルな世界を知ってしまうと、もう辞められなくなるんですね。」
という締めの一文が印象的です。世界は広いですからね。
  1. 2011/08/31(水) 14:45:41 |
  2. URL |
  3. kk #1jhbtX.k
  4. [ 編集]

kkさん

ご無沙汰です。コメント、ありがとうございます。
医者をしていると、旧帝大系の医学部とはいえ、仕事は「大阪」ローカルで完結してしまって、せいぜい学会レベルで「日本国内だけ」では認知度が得られるかもしれませんが、それだけで終わりです。
基礎研究をしていると、日本にいても(一流どころは)常に国際的に競争力とインパクトのある重要な研究を遂行したいという姿勢が基本なので、自然と国際的な視点での自らの立ち位置に目がいくのですね。僕は、やはり、師匠のH教授のように、そういうグローバルな世界で評価していただけたらと思う訳です。志というと至極高潔なイメージですが、云うなれば、「野心」と云ってしまって良いかもしれません。なんにせよ、自分で決めた事ですから、自己責任で、これからもがんばって行きたいと思います。
残念なことに、僕の目から見て、欧米を含め国際的に高い評価を得る日本人が必ずしも日本国内では評価されないという不思議~な光景をしばしば目にします。日本は、グローバルな視点から見ると、とっても不思議な特異的な国と云えるかもしれませんね。
  1. 2011/08/31(水) 15:13:12 |
  2. URL |
  3. Dr Ken #-
  4. [ 編集]

ケンさん、お疲れ様です^^ちょっと一息つけるって感じでしょうか。
グローバルな世界は私から見てとてつもなく遠くて大きな存在です。
そんなところにいらっしゃるケンさんって凄いなぁ、色んなプレッシャーとかもあるんじゃないかと思いますが、そこに挑み続けるケンさんを尊敬しております。
私はと言うと沖縄やそこにお住まいの方々との交流を深め文化を知っていつか暮らすように滞在したい、なんて事がしいて言えばの目標?ですから、ちっぽけですよね~^^;
これからもケンさんの世界、色々見させてくださいませね。
なんかとっても元気もらえました^^
  1. 2011/08/31(水) 22:22:29 |
  2. URL |
  3. kaotti1 #Oob10Koc
  4. [ 編集]

DrKenさん、ご無沙汰してすみません。 ストーリーというか、拝読いたしました。 私の場合、堺や愛染橋やら接点があったようで。。。大変な仕事だと感心いたします。
  1. 2011/08/31(水) 22:42:27 |
  2. URL |
  3. tak+ #-
  4. [ 編集]

kaotti1さん

こんばんは。ご無沙汰してます。
そういう風に思われるとちょっとお恥ずかしいですが、僕個人の感覚としては、戦うというよりもわくわくしながら挑戦しているという感じの「挑む」だと思います。どこまで通用するのかは良くわかりませんけどね(笑)。先が読めないから人生は面白いとも言えるのではないでしょうか。
沖縄の表向きの自然やらリゾートやらだけではなくて、文化やそこに住む人たちと心を通わせたい、全然小さくないです。違うバックグラウンドの方々を理解し受け入れ、またこちらのことも理解して受け入れてもらうというのは、日本国内だろうが外国にいようが同じことと思います。ただ、科学という分野に限って言えば、マーケットがグローバルなので、日本国内だけではどうしようもないというだけの話なんですね。政治と経済と学問だけは、世界的視野が無いのは今の世の中では致命的だと思います。
日本の良さ、沖縄の良さを、外国人達に語って聞かせてやれると良いのですけどね。いまは原発がらみで、ちょっと海外ではネガティブなイメージが先行してしまっている感じが強いです。
  1. 2011/08/31(水) 22:48:00 |
  2. URL |
  3. Dr Ken #-
  4. [ 編集]

tak+さん

いえいえ、こちらこそご無沙汰で、忙しいとブログで連発していたので、皆さんにお気を使わせてしまっていたのだと思います。
どんな仕事でも大変なことには変わりないと思います。医師もしかり。職業に貴賎は無いですよね。若造の僕がこんなこと言うのは生意気なことかも知れませんが、何を職業にしているかよりも、どうやり遂げるのかが重要なのではないでしょうか。
今後もよろしくおねがいいたします。
  1. 2011/08/31(水) 22:51:56 |
  2. URL |
  3. Dr Ken #-
  4. [ 編集]

お疲れさまです

コメントありがとうございました。
濃い色乗りとISO400による粒子感がポジフィルムのようでイイ感じですね。(^^
なるほど、正常な状態が異常になる原因を追究する事と同じように、
正常な状態の成り立ちを追究する事も大事なんですね。感銘させてもらいました。
申請の類のお仕事で根を詰めておられたので
これからの実際の研究がお忙しいと思いますがお体に気を付けて
お過ごしください。(^^
  1. 2011/09/01(木) 05:50:03 |
  2. URL |
  3. >Dr Kenさん #7UVZ4oV6
  4. [ 編集]

Re: お疲れさまです

satothingさん
ご無沙汰してしまっておりました。お気遣いありがとうございます。
ISO400で撮ったのは、実は「うっかり」でした。計算しての事ではないのです(笑)。

研究と言うのは、一見すると何の役に立つのか分かりにくいものも多く、中には「学問的興味(面白いから)」というのももちろんあり得ます。そういった、何の役に立つのかぱっと見分からないものが10年後や20年後に大化けしていることもありますので、役に立ちそうにないから無駄だと決めつける事は学問の世界では出来無いはずなのですが、残念ながら(特にここ2~3年の日本では顕著ですが)すぐに何の役に立つのかばかりが重視されています(英国でも、アカウンタビリティについては、ずいぶんとこの4年でうるさくなった感が有りますが、予算配分の偏りに付いては日本ほど極端では有りません)。おそらく日本の科学力の底力はこの風潮が続けば懐が狭いがために底が浅くなると心配しています。

僕自身は医師であるので(この辺が僕の限界とも云えるのかもしれませんが)、「命とは何か」という問いかけをどこかに常に持ち続ける事が僕自身の科学者としてのアイデンティティやオリジナリティを維持してくれるんじゃないかなぁと勝手に思っているのです。
  1. 2011/09/01(木) 09:38:11 |
  2. URL |
  3. Dr Ken #-
  4. [ 編集]

こんばんわ~

お仕事お疲れ様で~すv-354
ウィーンの美術館ですか~
収蔵品もすごそ~ですけど...建物自体も素晴らしいですv-411
屋上の4体さらに真ん中の2体も全部ちがうポーズ
1つ1つ手彫りなんでしょうねぇ~
  1. 2011/09/01(木) 12:12:08 |
  2. URL |
  3. yo #vYXebdWU
  4. [ 編集]

Re: こんばんわ~

yoさん、こんばんは。
ウィーンの美術史美術館、ハプスブルグ家がらみで集まったコレクションは、なかなかのものでした。
今日記事を書く時間があるかどうか、ちょっと判んなくなってきてしまいましたが、ぼちぼちご紹介していきます。
  1. 2011/09/01(木) 13:30:21 |
  2. URL |
  3. Dr Ken #-
  4. [ 編集]

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Dr Ken

Author:Dr Ken
元小児科医。ある日より、医師としてのキャリアではなく、研究者としてのキャリア・パスを志す。2007年の8月よりロンドンにある某大学医学部に講師として赴任。なかなか上達しない英語が、少し歯がゆい。万年筆と銀塩フィルムカメラが好き。縁があってやって来たこの国での貴重な体験や日々感じた事を、写真と一緒に記事にしています。

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